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兒童人權與婚姻暴力之交鋒──以日本法為主軸思考
本文乃先行說明現今日本法學界(以憲法學界為主)於思考「兒童人權」等相關議題時,較受矚目的論點何在。之後,乃試行說明「兒童人權」與「婚姻暴力」此一主題交鋒時,可能衍生出何種尚待探討之課題,而提示於本文內欲展開論述的焦點所在。就結論言,乃為於家庭內部發生之「兒童虐待」一點。故本文乃依該當中心主題,依序整理以日本政府為主體所制定之兒童虐待對策發展史、對「兒童虐待」一語標示出具體且明確之定義的『2000年兒童虐待防止法』之立法過程、日本法學界中對於「兒童虐待」此一主題所展開之主張見解,以及介紹較受該當學界矚目與討論之與「兒童虐待」相關的案例內容等等。最後,乃整理與說明日本國會分別於2004年及2007年修改『2000年兒童虐待防止法』的具體動向為何?以及其他反映兒童虐待對策之相關修法動向與尚稱不備之處何在等現況。
宋峻杰子どもの自己決定と憲法(1)──米・台・日におけ る子どもの人権・権利論の分析・比較―
本稿は、2009年に北海道大学法学研究科に提出した博士学位論文を加筆・修正したものである。同論文の構成は、アメリカ合衆国、台湾、日本における子どもの人権・権利論の展開とそれに係る憲法判例や学説を整理し、紹介するとともに、その背景にある憲法法理を、上記の三カ国及び地域における家族や教育と関連する各法領域の学説・判例を参考しつつ、分析や検討が行なわれたのである。同論文の一回目の公表にあたる本稿においては、「子どもの自己決定と憲法―米・台・日における子どもの人権・権利論の分析・比較」というテーマまでたどり着いた経緯を始め、アメリカ合衆国の家族を対象とした考察の前半部分を整理した。順に追ってみると、次のように要約することができる。まず、「問題意識」や「成長発達権の概念からのアプローチ」からなる「序 研究動機及び内容の構成」の初頭において、「公私区分」や「公私協働」などのテーゼをめぐる多いに議論されている現在では、「個人」の位置づけやその概念をより深く吟味する必要があるのではないかと提示している。その中、「子ども」という主体は凡そ前述した議論の渦中には置かれていないことも指摘した。続いて、「第Ⅰ部 家族」「第一章 アメリカ合衆国」に入り、「第一節 『子ども』・『家族』・『国家』の過去と現在」において、アメリカ合衆国における子ども、家族及び国家の連動関係を探りながら、現代までの同国の家族像に迫ってみた。そして、「第二節 性的結合行為と子ども」では、それぞれ「性交・結婚」、「離婚」及び「同性婚・事実婚」という主題について、連邦最高裁の裁判例や学説を考察してみた。その中、連邦最高裁のMichael M. v. Sonoma County Superior Court (450 U.S. 464 [1981])判決において、脚注に示された文言とはいえ、「子どもにも生殖に関する決定についてプライヴァシーの権利を有している」と明言した当時のBrennan裁判官の言葉に辿りついたことが大きな成果の一つと考える。
宋峻杰一情報公開事例から問われる新・全国学力調査の 適法性──平成21年5月15日大阪地裁判決を素材に
本稿は、教育現場で子どもの人権と関連する様々な議論を勉強しながら、蓄積してきた考えを2007年に再開された全国学力調査の適法性という問題にぶつかってみたものである。内容の構成として、2009年5月15日に下された大阪地裁判決から示された裁判所の文脈を辿り、その関連する各裁判例や各地方自治体に置かれる情報公開審議会の答申を一通り整理した上、かような全国学力調査の適法性を再検討したものである。具体的な内容として、まず素材となる大阪地裁判決の事実経過、及びその判旨を整理した上、同判決の位置づけを検討した。そして、大阪地裁判決の位置づけをより明確に示すため、全国学力調査と異なり、各地方自治体独自で行う学力診断テストと係る情報開示請求に関する裁判例(計4件)を整理したり、全国学力調査から得られた子ども達の学力に関する諸情報の取り扱いに対し、各地方自治体の情報公開審議会が出された答申(計4件)を検討したり、更に同判決で係争された情報が「国等協力関係情報」として見做される余地も同判決によって示唆されたため、「国等協力関係情報」と係る裁判例(計5件)も一通り考察したりした。その外、大阪地裁判決で示された判断と対照的な存在となる2009年10月2日に下された鳥取地裁判決についても整理し、同判決の位置づけをより明確に描写することができるように努めていた。そして、大阪地裁判決に対する評価について、本稿は積極的な立場と消極的な立場から論じることにし、係争される情報を非公開とすることにより、子どもも含め、地域住民が当該情報と係る事案を学校や地方自治体に対し、議論を要請するきっかけも奪われることになるのではないかという危惧を示した。最終的に、本稿は「教育法学においては、憲法と子どもの権利条約をもとにして、国による学力テストの実施をやめさせていくための理論構築が求められている」の重要性を改めて提起したのである。
宋峻杰另一關於「受教育權」之導向思考──以日本國憲法學為引據
過去對於教育人權乃有學者指出:「有關『學習權』、『教育權』與『受教育權』的內涵,究竟存在著何種差異,還是它們只是一些同義詞?」的疑問。現今我國教育基本法雖已明確地宣示保障人民學習及受教育之權利(同法第一條),同時,亦確認人民為教育權之主體(同法第二條)。但是,由於學說上的討論,難以釐清個別權利之間的相同處抑或相異處,致使實務上亦出現有如臺北高等行政法院八九年訴字第一八三三號判決般地令人難解的例子。因此,本文乃試圖以日本國憲法學說為借鏡,嘗試性地回答前述學者所提出的質疑。
宋峻杰台湾における教育権の憲法学的考察
1970年7月17日に下された第二次家永教科書訴訟第一審判決は、「憲法が・・・国民ことに子どもに教育を受ける権利を保障するゆえんのものは、・・・教育がなによりも子ども自らの要求する権利であるからだと考えられる。即ち、・・・子どもは未来における可能性を持つ存在であることを本質とするから、・・・その人間性を十分に開花させるべく自ら学習し、事物を知り、これによって自らを生長させることが子どもの生来的権利であ」る、と述べていた。この判決が人間と教育の関係を近代法学的な言葉で表現されながら、人間の発達にはまず教育を受ける権利があることも確認されて、基本的人権体系の中でより中心的な存在であることを示している。小論は、このような認識を踏まえつつ、歴史的及び比較法的な視点から、台湾における教育権論か如何に展開・発展されるべきかについて考察する。特に、日本の教育権論のレンズを通して、検討する作業も試みながら、そこから浮上する直面せざるをえない問題を提起・指摘する。
宋峻杰- 宋峻杰